第二回「少年は不可能犯罪の夢を見るか?」

 

不可能犯罪――それは、殺人者が生み出す悪しき芸術。
・・・・・・とまあ、決め台詞っぽく表現してみたはものの、おそらく大半の人が「はて、不可能犯罪とはなんぞや?」と首を傾げることでしょう。
ひと言で説明すると、「常識的に考えて実行することが不可能な犯罪」のことをそう表現します。

例としては、密室殺人などがこれに当たります(「完全犯罪」とは、似ているようで別の意味の言葉です)。

不可能犯罪の現実

アリバイ工作を弄して犯行に臨む犯人が、現実の世界には(ごく稀にですが)一応いるそうです。

一方で、不可能犯罪(密室トリックなど)を実行に移す犯人はまずいません。

(嘘のような本当の話で、2012年に岐阜県で密室トリックを用いた殺人事件が実際に起きたことがあるようですが・・・・・・まあ、それは例外としておきましょう)


なぜ、現実には不可能犯罪のトリックを用いる犯人がいないのか?
このことについて、以前ある推理作家が自らの作品の中で、

「トリックを取り入れた犯罪計画を周到に練るほどの理性的かつ知性のある人物ならば、そもそも殺人という犯罪自体に手を染めないだろう」と指摘していました。

うーん・・・・・・。理屈ではわかっていても、ミステリマニアとしてはどうしても腑に落ちません。
そんな釈然としない気持ちを抱えていた僕の身に、ある日、ちょっとした出来事が起こりました。

高校時代の実験

あれは、今から2年程前――僕が高校生だった頃です。
僕は高校時代、放送部と新聞部に所属していました。
どちらも「忙しいときはとことん忙しく、暇なときはめちゃくちゃ暇」という感じの部活でした。
で、僕がある実験を行ったのは、放送部が部室として使っていた放送準備室。
部室で暇を持て余していた僕は、放送準備室にあった大量の輪ゴムを見て、
「そうだ。密室トリックを実際にやってみよう」
ふとそう思い立ちました(今さらながら振り返ってみると、あのときけっこう疲れてたのかも)。
トリックの仕組みは単純。部室にあったたくさんの輪ゴムを一本に繋げて、その端をドアの鍵のつまみに引っかける。あとは、それを外側から引っ張るだけで不可能犯罪成立!――というもの。
何人かの部員が冷ややかな視線を向けてくるなか、僕はひとり黙々と実行に移しました。
輪ゴムを一本の紐状に結び(たしか使った輪ゴムは三十本くらい)、 その端をノブの下のつまみに引っかけ、自分自身は部室の外へ――。

成功すれば、見事密室の完成です。

今までは小説やドラマの中でしか味わえなかった密室トリックがついに現実のものに――。

わくわくしながら、僕は思いきり輪ゴムを引っ張りました。

しかし――。

「あれ・・・・・・輪ゴムがつまみとドアの間の隙間に挟まって全然動かない・・・・・・」

実験は完全に失敗です。

その後も何度か試してみましたが、何度やってもうまくいきません。
現実世界の無情さに、僕は脆くも敗れ去ると同時に激しく実感しました。
「トリックって難しい。それに失敗すると、なぜかとても虚しい。現実で実行するやつがいなくて当然だ・・・・・・」

 

それから数日が経った、ある日。お気に入りの某ミステリドラマを観ていたときです。

テレビ画面の中で、主役の刑事さんが出し抜けにこんな台詞を言い放ちました。
「普通の人間はトリックなんて使いません。人を殺したければ夜道で襲う方が確実です」

――ですよね。はい、知ってます。